ラベル 発掘調査 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 発掘調査 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2019年3月23日土曜日

なんだ、これは!?

さて、またまた企画展に、今度は新しい写真が届きました。なんでしょう??


みなさんにも馴染みのあるものです。なんでしょう??


この仲間を、今日も目にしているかもしれません。なんでしょう??


その答えは! ぜひ展示を見に来てくださいね~!!

※写真提供:佐藤祐輔氏(仙台市縄文の森広場)
※撮  影:明治大学古代学研究所所蔵 キーエンス社製電子顕微鏡VE-8800

2018年3月24日土曜日

大鳥城跡!

去る3月18日(日)には、(公財)福島市振興公社文化財調査室から菅野崇之氏をお招きして、福島市飯坂町に所在する大鳥城にかかわる講演会を実施しました。


 講師の菅野氏は20年来、福島市内の中世~近世遺跡の発掘調査を数多く手がけ、福島県内の中世考古学をけん引する研究者のお一人で、当館の企画展「大鳥城跡 発掘調査から見た舘ノ山の歴史」でもご協力いただきました。

 今年は大鳥城跡の本丸(主郭)部分の発掘調査を実施したことから、その調査成果を中心としたお話となりました。発掘調査のスライドを使いながら、現在までの調査成果を重ね合わせ、大鳥城の歴史が浮き彫りになっていきます。



 また、12世紀~13世紀に位置づけられる遺跡をはじめとして、福島市内の中世遺跡の様相についても、調査や研究の成果からわかりやすく解説いただきました。


 いままで、福島市の中世について発掘調査の成果をまとめてお聞きする機会がなかったため、非常に参考になりました。また、いまのところ大鳥城の発掘調査成果としては、佐藤氏にかかわるものはほとんど見つかっていませんが、市内の12世紀~13世紀の様相を俯瞰すると、やはり佐藤氏が一つのキーポイントになってくるということがよくわかりました。




2017年12月9日土曜日

企画展 大鳥城跡 本日オープン!

本日より今年度3回目の企画展が始まりました。

大鳥城跡 発掘調査から見た館ノ山の歴史~古代・中世編~



 福島市飯坂町の館ノ山に所在する大鳥城は信夫庄司佐藤氏の居城として、また源義経の忠臣佐藤継信・忠信兄弟の言い伝えとともに、福島市人には広く知られている中世の山城です。

 昭和47年の第1次調査以来、頂上部分を中心に数次にわたる調査が実施されてきました。今回の展示は、その成果をまとめたものとなっています。


 中世山城ということで出土品は少ないものの、白磁や青磁などの輸入磁器、天目茶碗、かわらけなど興味深い資料も見つかっています。また、直近にある中世窯である毘沙門平窯跡の資料も併せて展示しております。



 また、福島市内の中世遺跡の調査成果を俯瞰しながら、大鳥城の位置づけを考察できる展示構成をとっており、福島市では初めての本格的な中世考古学の展示となっています。宮代館跡出土のかわらけや勝口前畑遺跡出土の輸入陶磁器など、初めて公開される資料も目白押しです!


この機会に、福島の中世史の一端をぜひご覧ください!
企画展を担当したT君もお待ちしております



2017年12月4日月曜日

大鳥城跡 現地説明会

 去る12月2日(土)は福島市飯坂町ある大鳥城跡の発掘調査現地説明会でした。大鳥城は飯坂町にある館ノ山にあった古代末~中世の城館跡で、佐藤基治やその息子の継信・忠信で有名な佐藤氏の居城であったとの伝承があります。
 今回の調査は頂上部分の平場についての、遺構確認を目的とした調査です。


当日は決して暖かくはないものの、天気も良く、まずまずの現説日和でした。

トレンチと呼ばれる幅2mほどの調査区を設定し、表土をはぎ取った後遺構が確認できる地層まで掘り下げ、柱穴などを探します。白く枠取りしている部分が昔の柱穴や溝跡などの遺構です。

柱の跡もしっかりと残っています。

柱の跡を組み合わせていくと、当時この場所にあった建物の間取りがわかってきます。また、平場に全体に建物が分布することもわかりました。

頂上部分は、南側の一段低くなっている部分を埋め立てして、平場を拡張していたこともわかりました。


出土した資料は多くはありませんが、近隣で焼かれた陶器の破片のほか、瀬戸地方で焼かれた陶器や中国産の磁器の破片など、当時の暮らしぶりが偲ばれる貴重なものです。



現時点ではまだ佐藤氏に直接結びつくような発見はありませんが、今後はこれまでの調査を含めた成果を検討していく予定です。